2007年06月21日 20:14

南米王者への道 その5             続・褐色のゴールデンボール

ランキングに参加中です。
1日1クリック、
お願いします!!


人気blogランキングへ

FC2 Blog Ranking

ランキングジャパン



栄養士の資格を持った、

フリーの
パーソナルトレーナーの

岩沢幹雄と申します。


アキレス腱






 詳しくは

HP http://www16.plala.or.jp/FIZIKS/をご覧ください。


お近くの方など、

よろしかったら是非
お声をおかけください。





 続・褐色のゴールデンボール


 こないだの続きです。



 当時の1997年の

ワールドユースサッカーの



“褐色のゴールデンボール(MVP)”


ニコは、


私がチームの練習に
参加させていただいてから2週間ほどで、



スペインのバレンシアという
チームに移籍していきました。



 現地では
そのニュースも大きく扱っていました。


ニコ・現地雑誌









 その短い間でしたが、

私はDFだったので、


練習ではニコのマークにも
よくついていました。



 しかしそのときのニコは、

移籍の話がすすんでいて
ケガなどに注意していたのか、

たぶん100%全力ではなかったなぁ。




 私は夢中になるとつい、

脚だけでなく
手も出してしまう方だったので、

(なぐったり、ということではありません、
手で相手をおさえつけてしまう感じです)

目に手が当たらないようにとか、


ニコにだけは
絶対にケガさせないように、

ホントにシャレにならない、


という


かつて感じたことのないプレッシャーに

最初はかなりひきつり気味でした。



 なにしろ



そんな世界レベルの、



“何十億という移籍金”



もうわさされる選手と

一緒にプレーするのははじめてです。




 フォーメーションの練習は、
コーチの笛でプレーが始まります。


 ニコはもう、

ホントにリラックスしている感じなので、


プレーが始まる直前に

私をうでで思いっきり
突き飛ばしてニヤニヤしていたり、

と好き放題でした。



 そのうち私も、
コノヤロウと 


普通にプレイしていました。



 
 100%全開の
スーパーなニコを体感できてたらなぁ・・・・、



 それでも貴重な経験です。




 ニコはその後、いくつかの
スペインのチームでプレイしていました。


 FWで、
PKも任されていたときもあったので、

サッカー番組の中の

レアルマドリードなどの試合の
得点シーンのときなどに時々登場していました。



 “おお!!ニコもがんばってるんだ。”


とうれしくなると同時に、


自分自身に対しても
とてもよい刺激になりました。


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
最新記事
Archives
楽天市場